Ao氏の現在

  • 2014.02.07 Friday
  • 12:00

JUGEMテーマ:在日特権

Ao氏とはS技研で弱電関係担当者でした。

「電気設計の神」といわれていた彼の機械が故障ばかり起こすのが疑問であったが・・・

Ao氏のこと 北朝鮮系 → http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=20

S技研で唯一北朝鮮籍のAo氏、

現在は弱電関係の技師として、今でも、S技研やS.kテクノの仕事を請けてるみたいです。

また、Mプロと電子機器を開発したり、活躍されているみたいです。


M氏、データ持ち逃げしMプロ社立ち上げ→ http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=51

S.y商事 我道(詐欺道?)を行く

  • 2013.10.01 Tuesday
  • 18:23
S技研在職中、ソフトBについて、2重の著作権侵害事件を起こしたS.y氏。独立してS.y商事を設立、ハチャメチャな会社運営(詐欺的?)をおこなうようになるのですが、それを語る前に、著作権侵害事件を振り返ってみましょう。何度も同じ事件を取り上げますが、僕にはどうしても納得できないのです。

在日北朝鮮人系のK社が開発したソフトを元に、新バージョンを別のSp社に開発させた。その際、メンテナンス用にK社から開示されていたソースを勝手にSp社に渡して、それを元に新バージョンを開発させた。更に、Sp社との契約を一方的に破棄して、完成間近のソースを取り上げ、自社で完成させ、自社のソフトとしてしまった。

http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=15
http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=42

もともとK社社員であったAさんが開発したソフトであった。S技研はK社からそのソフトを多数購入して販売していた。ある時期では、Sk社のドル箱商品であった。ソフト開発者であるAさんとS技研との間には人対人の付き合いが始まり、信頼関係が深まっていった。

どういう経緯か、そのAさんがSp社に転職、そのAさんに新バージョンを開発してもらうべくSp社に発注した。メンテナンス用に預かっていたK社のソースを、無断でSp社のAさんに渡した(もともとAさんが自分で書いたものではあるが…)。その際、Aさん(Sp社)には、そのソースは正規に買い取ったものだと嘘の説明をして渡している。Aさんにすれば、もともと自分で作ったプログラムであるし、ソースの権利はS技研にあるものと信じていたので、そのソースを大胆に再利用して開発した。

裁判では、S技研は、K社のソースをSp社に開示したことを否定したけれど、Aさんの証言や、同一の不要なコードや同一のコメントが両方のソースに存在するなどの理由でS技研の主張は否定された。

さて、Sp社での開発は当初の予定以上の時間がかかってしまった。それは、そのソフト(自分が一から開発したソフト)に対する思い入れがAさんにあって、完璧なものを求め過ぎたことも理由でしょう。とにかく、予算の制約もあり、会社(Sp社)からは適当なところで開発を完成するように圧力があったらしい(当たり前の話ですが)。ついには、開発にこれ以上時間を費やすることは会社から認められなくなった。そのソフトに対する愛着もあり、また、S技研(特に、SEであるM氏や、部門長であるS.y氏)との人間的な関係もあり、開発中のソースを持ち出して、退社後、自宅で開発を続行したらしい。

そんなAさんとの信頼関係において、S技研は開発中(完成間近)のソースを入手した。そして一方的に、Sp社との開発契約を破棄し、そのソースを使って、自社で開発を完成させ、自社のソフトとしてしまった。

あ〜あ…

K社、Sp社に対して重大な著作権侵害をしているわけで、それはそれで重大な犯罪だと思うのですが、僕が理解できないのは、人間としてのAさん個人に対する裏切りです。

M氏やS.y氏との間にはそれまでに長年の個人的付き合いがあったAさんです。そこまでそのソフトを愛し、開発に心血を注ぎ(仕事を度外視して自宅で作業している)、S技研を信じ、M氏やらS.y氏の信頼に応えようと努力したAさんに対して、こんな裏切り行為ができますか?僕には到底信じられないことです。これがこの人たちのメンタリティなのでしょうか?

登場人物たち 普通とちょっと違う?

  • 2013.08.24 Saturday
  • 08:33
社長のSt氏が立ち上げ、順調に成長、従業員も30人ほどに増え、創立10周年記念パーティーも盛大に開催。「株式公開」という目標を掲げ、従業員や親族や「頼母子講」で資本金を集めたS技研でした。ですが、世間の風は1993年頃からアゲインストになってきました。これからの展開は、あまり愉快なストーリーではありません。僕自身が体験したこともありますが、僕が退職後、残った同僚から聞いた話などもありますので、信憑性に関しては厳密な保証はありません。

主な登場人物を整理してみましょう。

S技研創業者S.t氏、社長 (苗字は日本風の通名S)

 
その弟であるS.y氏、部門長
著作権侵害を主導します。
http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=15
 
  
  
S技研退社、独立して自分の事業(S.y商事)を立ち上げます。
行く先々で「約束したお金を払ってもらえない」「嘘を言って契約を取る」など訴訟が付いてまわります。
S技研から仕入れて販売するのですが、S技研のホームページで「S.y氏の言うことを信じてはいけない」と警告を出される。兄弟でありながら…

  
 
その弟であるS.k氏、役員
ヨーロッパ市場を開拓、その後独立。

父親であるSf氏、相談役 (苗字は日本風の通名S)
戦後の混乱期に日本に密入国。自身はS技研のストーリーにはほとんど絡みません。

S.t氏の奥様、S女史
会社の経理・総務を取り仕切る

K家
S女史の実家。「宗教事件」で被害を受ける。整理回収銀行による「本社競売」で、S技研の本社を買い戻すべく活躍。

S.t氏の長男、S.j氏
S女史が臨月にもかかわらず、社員旅行に参加、卓球中に産気づいて出産。
気の毒に、障害をもって生まれた。
S技研の苦境(倒産の可能性)を見越して、自分の名前で別会社を立ち上げる。

Sf氏の弟(S.t氏の叔父)が二人韓国在住、S技研の韓国戦略の要

Tk氏
宗教関係から、経理を任される。「株式公開」「粉飾決算」「宗教事件」など、波乱に富んだ展開がある。
http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=13

M氏
S技研ではソフト部門を担当(SE)。本来会社に帰属するノウハウを私物化して、部下のプログラマーと共同で会社立ち上げ、S技研を圧倒。商売は成功されたようです。
http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=30

M氏のこと2 ノウハウを持ち逃げ

  • 2013.08.14 Wednesday
  • 17:15
 
前にも紹介した通りM氏は韓国籍、完璧な日本名を通名としている、典型的な在日韓国人です。仕事はSE(システムエンジニア)、要するに、ソフト開発部隊とお客様との橋渡しです。

http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=23

ソフトというものは、当然解決するべき問題があって、それをコンピュータを使って、今まで以上に、より早く、より良い解決を提供するものです。したがって、お客様がどのような問題をもっているか、また、現状どのようにその問題を解決しているかを知ることが一番重要なステップです。お客様の抱えている問題点と、現状どのように解決しているかを知れば、極端な話、あとはそれをコンピューターの理解できる言語に置き換えて、コンピューターに解決させる…【だけ】です。

つまり、解決すべき問題点と、現状の解決方法を理解するのがSEの仕事です。そしてそれこそが、ノウハウです。

ソフト会社というものは、当然のことながら、最初は、そのようなノウハウはありません。業界に参入するきっかけは、特定のお客様が、ソフト会社に解決するソフトの開発を依頼することが多いです。お客様は、そのような依頼にあたって、当然、そういったノウハウを伝えます。一人のお客様の課題を解決できれば、同じ業界のお客様は似たような問題を抱えていますので、次々、同じソフトを(改良しながら)販売し続けることができ、業界を制覇することができます。

S技研の場合は、その業界向けのソフトを開発するにあたって、お客様からそれほど熱心に依頼されたわけではない。それでも、どうしてもその業界に参入したかったS技研はお客様に多額の「謝礼」を支払っている。通常の方法とは逆に、お客様にお金を払って、ノウハウを教えてもらっているのです。

これらを担当したのがSEであるM氏である。M氏が、会社を代表して、何週間か何カ月かお客様のところに出張してそういった情報を教えてもらっている。お金は会社の経理から出ているし、交通費、給料、もろもろの費用はすべて会社から出ている。当然のことながら、M氏がお客様からもらったノウハウは会社に帰属するもの…、と僕は思うのですが。

そういう常識が通用しないのが普通の会社と違うところ、M氏はそういったノウハウを会社に還元することを拒否、自分個人のノウハウとしてしまった。部下や同僚が要請しても頑なに拒否して完黙を通したらしい。

数年後、M氏はS技研を退社して、自分の会社(Mプロ社)を立ち上げることになります。S技研とMプロ社は、同一の業界で、互いに競合社となるのですが、Mプロ社のソフトの方が、S技研のものより優れていると評判となり、S技研を圧倒していくことになります。その際、かって独占したノウハウが威力を発揮したのは、想像に難くありません。

従業員が、勤務中に得たノウハウを使って事業を立ち上げる…、これはよくある話です。が、M氏の場合は、元の会社(S技研)にノウハウを【残していない】。ノウハウを自分だけで独占し、競合する事業を立ち上げる…、これはちょっとひどいのでは?

Kt氏のこと 本国から嫁取り

  • 2013.08.05 Monday
  • 13:29
 この方は韓国籍ですね。(正確に言えば、帰化したかどうかは知らないが…)

ソフト開発の中心人物。ベーシック(Basics)でソフトを作っているところを、面白いことをする奴がいると、S技研にスカウトされたらしい。ちょうどS技研が開発しよういう構想と方向性が一致した。

Kt氏はたびたび韓国に出張している。(韓国の代理店は、社長S.t氏の叔父さんである)

http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=24

韓国のユーザーからのクレームに対応したり、要望を受けてソフトを改良したりした。ちなみに、Kt氏の奥さんは、出張中に知り合った(S氏の叔父さんが紹介した?)韓国の現地女性を日本に連れ帰ったらしい。Kt氏は韓国語がしゃべれない、奥さんは日本語が理解できない。夫婦の会話は何語なんだろう?

そのように苦労してソフトを開発してきたので、S技研の中では、その部門(ソフト開発)では責任者であった。

ということは、良くも悪くも、S技研の体質に影響を与えているのではないだろうか?

たとえば、契約した性能に達しないソフトを平気で出荷する、そのお客様のクレームに真摯に対応しないで、何年も放置した(僕は4年しか在職してないので、最終的にいつ、どう解決したか知らない)件

http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=17

結局、最初の仕様打ち合わせが杜撰で、お客様の使用目的に適した製品が仕上がらなかった。細かい仕様に関してはこちらはプロでお客さんは素人、当然、S技研側に非があると思うのですが。また、お金さえかければ、本来の性能をもたせることができるはず…。

発生したのは僕の入社前のことなので、その経緯は詳しくないが、これは誰がどうして発生したのだろうか?社長のS.t氏や営業責任者であるS.y氏にもちろん最終責任はあるのだろうが…

でも、SE(セールスエンジニア)のM氏、ソフトの責任者Kt氏あたりは、当然、、受注した当初の段階、いや、受注前の仕様打ち合わせの段階で「仕様に無理がある」ことに気がついていたはず、と思うのだが…。あるいは、プロとして「気がつくべきであった」のではないだろうか?

このような問題が発生すること自体はしようがないとして、なぜ、お客さんのせいにしてしまうのかな?

S氏一族について 訴訟だらけ

  • 2013.08.03 Saturday
  • 09:50
 
以前にも書きましたが、

http://boyakigoto.jugem.jp/?month=201305

社長であるS.t氏 (苗字は日本風の通名S)
その弟であるS.y氏、部門長 (苗字は日本風の通名S)
その弟であるS.k氏、役員 (苗字は日本風の通名S)
父親であるSf氏、相談役 (苗字は日本風の通名S)

一族が日本に住むようになったきっかけは、Sf氏が、戦前、一族で内地に渡ってきたことらしい。最初に内地に渡ってきた経緯については聞いたことがない(聞いておけばよかった【笑】)、当時日本の一部であった朝鮮から内地に移民してくることはそれほど奇異なことではない。ただ、終戦後、一家は朝鮮に帰った。その後、Sf氏単身で日本に密航して、住み着くようになったらしい。なにしろ、敗戦直後の混乱期、朝鮮も、また日本も大混乱の時代だったので、「密入国」はそれほど難しいことではなく、大勢の朝鮮人が「密入国」したらしい。

S.t氏やその兄弟は、日本で出生しているらしい。年代から計算すれば、長男、次男(S.t氏)は、密入国以前、その下は密入国後ということになるのかな?

その後、どういう伝手があったのか、Sf氏は地方自治体の公共事業の下請けをやったりしていたらしい。その事業は長男が受け継いでいる。次男であるS.t氏は、1980年代に、S技研を立ち上げた。S.k氏(四男)は創業時から参画していた。S.y氏(三男)は、一時他の仕事をしていたが、後からS技研に参加した。

S.y氏は、お客さんに対しては非常に人当たりはよい。というか、国内・韓国・アジアの営業部門を率いていたのですが、必要以上に値引きをするので、社内では密かに「Price Destroyer」と呼ばれていました。そこそこの人脈はあったのですが、残念なことに、ビジネス上の「契約」とか「約束」とか「信頼関係」という観念に欠けるところがありました。S技研の時代、また、独立してからも、あっちこっちから訴訟を起こされ、最後には、S技研のホームページ上で「S.y氏の話を信じるな」という警告文まで出されてしまいます。

http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=15

S.k氏は、ヨーロッパ担当。一時的にせよ、ヨーロッパでIT革命というべき大変革(ニッチなマーケットですし、5年後くらいには別の技術が主流になってしまいましたが)をおこしました。

http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=18

Sf氏の弟(St氏の叔父)が二人おり、終戦後朝鮮に帰ってそのまま韓国に定住しました。この人々がS技研の韓国ビジネスの拠点となります。結構日本語をしゃべるので、戦前、相当の期間日本にいたのでしょう。いわゆる「強制連行」にあたらないでしょう。

忘れてならないのが、
社長の奥さんであるS女史、社内ではマネージャと呼ばれて、総務的なこと、経理的なことを取り仕切っていた。その後に、Tk氏が、経理部長として入るので、僕が入社したころは、経理関係は日々の現金の出納係りみたいになっていたが、その勝気な性格から、やはり社員から恐れられる存在だった。

http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=13

S女史は、同じく在日韓国人のK家の出で、S.t氏と出会った頃は、軽トラックでデートしたなど、ほのぼのとした恋愛時代の話を語ってくれました。K氏の長男(S女子の甥にあたる)もS技研で働いていて、K家も、この後、株式公開やら、宗教に絡んだ「詐欺事件?」、債権回収銀行にからんだ、担保不動産(S技研の社屋です)の入札などに巻き込まれます。

S女史はやんちゃな女性で、臨月というのに社員旅行に参加し、卓球中に急に産気づいて出産したらしい。そのため、S.t氏の長男は気の毒なことに、障害をもって生まれてしまった。この子(S.j氏)が、後にS技研に参加してきます。

僕の知っているのはこれくらいかな?できるかぎり正確に書いたつもりだけど…

M氏のこと リセット名人

  • 2013.08.02 Friday
  • 18:54
韓国籍。完璧な日本名を通名としています。

非常に人当たりのいい人で、在日、日本人、どちらにも受けがいい。社外のお客様、代理店、特に、アジア各国の代理店に人気があります。次々に友人になり、人脈を広げていく手腕はただただ驚くばかりです。

M氏の仕事はSE(システムエンジニア)、要するに、ソフト開発部隊とお客様との橋渡し、営業的なこともしたり、デモなどもこなします。

M氏のもう一つの才能に「リセット」があります。当時のパソコンは、Windowsが出現する前で、DOSという機構で動いていました。Windowsの場合は、Windowsがパソコンを取り仕切っているのですが、DOSの時代は、パソコンを立ち上がって、アプリケーションソフトが起動したあとは、そのアプリケーションがパソコンを独占します。Windowsの時代では、アプリケーションはWidowsという複雑な仕組みの下で動くので、フリーズすることが多々あります。その原因も、Windows側に問題があるのか、アプリケーションに問題があるのか、特定することが困難なことも多いです。

それに反して、DOSの時代は、アプリケーションが直接パソコンを動かしますので、その仕組みは非常に単純明快なので、一般的に、ソフトがフリーズするということは、めったになかった。ところが、S技研のソフトはよくフリーズした。

デモ中にソフトの不具合でフリーズしたときも、うろたえることなく、何事もなかったようにO氏の左手は「リセットボタン」を押します。パソコンはリセットされ、ソフトが再起動し、初期状態に戻ります。その間、何事もなかったかのようにお客様と会話を進め、お客様が「不具合」に気付くことなく、無事、元の画面に戻ることができます。こんな芸当ができるのは、S技研の中ではM氏だけでした。

この才能のお陰で、M氏の手にかかると、S技研のソフトはその実体以上にいい印象を与え(当時は、ソフトがフリーズしないということはごく当然のことなのですが…)、売上に大きく貢献したと思います。

もう一つの才能、人脈を広げる才能は、S技研在職中よりも、むしろM氏が独立して自分の会社(Mプロ社)を立ち上げてから、その威力をフルに発揮したと思います。その独立にあたっては、いろいろ芳しくない噂があるのですが、それは後の機会にします。

Ao氏のこと 北朝鮮系

  • 2013.07.24 Wednesday
  • 19:13

S技研の弱電関係を任されているのがAo氏。朝鮮学校を卒業した北朝鮮籍らしい。S技研では唯一の北朝鮮人脈かも。

S技研自慢の最新機械の電気設計(電子基盤)を担当、社内では、その技術に絶大の信頼をおかれていた。私も、電子回路のことは、右も左もわからぬ素人だから、そんなものかと、彼の技術を疑うことはなかった。

彼は、体に問題を抱えているせいもあり、出張というものをするのをほとんど見たことがない。海外、国内、S技研の他の社員が走り回っている間にも、ほとんど社外に出ることがない…、というか、会社に出社することすら稀だった。あまり姿を見ないせいもあってか、「電気設計の神」として崇められる存在だった。

S技研が海外に販路を拡大できたのも、彼の力が大きい…、とみんな信じていました。でも、ちょっと待てよと…、僕は、最近思います。彼の貢献を否定はしません。それは否定しませんが、S技研の機械が次から次へと故障するのはどうして?機械的な問題や、ソフトや、いろいろ複合的な要因はある。でも、プリント基板や、電子部品が次から次と故障する原因は、設計そのものの問題もあるのでは?タイミングの取り方や、電流の容量やら、ノイズ対策やら、設計に甘いところがあったのかも…、過去を振り返ったとき、今になって、そう思います。

Tk氏 株式公開を主導

  • 2013.07.10 Wednesday
  • 09:51
 S技研には、怪しげな宗教の信者が多かった…、と言っても、全員とか大多数とかいうわけでもないのだが…

社長のS.t氏、オーナー(S.t氏の父)のSf氏、その他、従業員もちらほら…。

その宗教の内容は僕は興味ないし、全くわからない。どっかの新興宗教?その教団内部では、従業員のAdさんの方が、.St氏やSf氏より序列が上、みたいなことが従業員の間で囁かれていた。

その宗教の信者つながりで、Tk氏が経理部長にヘッドハンティングされて、S技研に入社。Tk氏自身は日本人なのか、在日なのか、わからない(通名!廃止してほしいですね。)が…。東京でキャリアを積んで、多くの人脈があるという触れ込みで、非常に人当たりの良い、温厚な人物だった。外見も長身でハンサム、それまでのS技研の従業員とは違っていた。

S技研も、創業10周年を期に株式公開をするという目標に向かって、Tk氏をスカウトしたということ。それまで「朝銀」「興銀」が主力銀行だったけれど、日本の都市銀行とも取引が始まって、前途に希望を感じさせる頃でした。