S.j氏登場 Windows 版開発

  • 2013.10.05 Saturday
  • 18:25
 
独立する人間が相次ぎ、それぞれに権利が分割され、S技研が自社で製造する商品は半減した。

http://boyakigoto.jugem.jp/?cid=8

ソフトA:  Kt氏(退社済)が開発→M氏(SE)、N氏(プログラマー)担当
ソフトB:  社外のK社が開発。S技研がソースを盗用してSp社に開発させる。更にそのソースを盗用して自社開発。
電子器機A: 役員S.k氏が開発(S.k氏は独立)

ソフトA、ソフトBともに、UnixというOS用に開発されていた。Windowsに比べて、メンテナンスなどが非常に難しく、営業的には著しく不利であった。

この系統のソフトの草創期は、1980年前後である。日本でもヨーロッパでも、ほぼ同時期に開発がスタートしている。それまでのCPU8ビットの時代から16ビットの時代になり、ようやくパソコンでこの種の作業が可能となってきたということでしょう。

http://boyakigoto.jugem.jp/?cid=3

32ビット版のWindows が出現するのが1995年(Windows 95)であるから、まだまだ先の話である。メモリーは非常に高価、ハードディスクも容量は少なく、且つ、高価、グラフィックス環境も貧弱でした。特に、当時の主流であった DOS 環境では、使用できるメモリーやら制限がきつかった。世界を見渡しても、Unix でソフトを開発するところが多かった。S技研も、当初はNEC の DOS で開発していたが、より高性能なソフトを開発するため、次期バージョンは Unix で開発し、販売していた。

1990年に Windows が発表されると、32ビットでソフトを開発することができるようになり、世界的にも、Windows に移行するところが多かった。

S技研では、Unix 版がそれなりの成功を収めたので Windows 版の開発は遅かった。SEのM氏が Windows 版のソフトAの開発を主張、プログラマーのN氏とともに Windows 版の開発に着手したのだが、半年後にM氏とN氏が退社、Windows 版の開発は頓挫してしまった。

http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=44

S技研社長(S.t氏)の長男S.j氏はS技研に入社後、著作権侵害事件を起こしたソフトB(これも Unix で開発されていた)の開発に参画、一からソフトの修行をしていた。

http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=45

そのS.j氏が、ソフトAの Windows 版開発を細々と続けることになる。

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