M社のソフト開発の仕方その1

  • 2014.02.14 Friday
  • 12:15
JUGEMテーマ:在日特権

ソフト開発・・というよりはソフトドロボウ

前回の記事はこちら→ http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=51

Mプロ社が業界ナンバーワンの地位を獲得した。

対するS技研では、社長S.t氏の息子S.j氏がソフトを担当、

自社のUnix版をWindowsに移植する作業にに着手(M氏が持ち逃げしたので、一から作業を再スタート)するが、

S.j氏がソフトの専門家でないこともあって、手間取っているうちに、Mプロに顧客を奪われてしまう。


S.j氏登場 Windows 版開発→     http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=47
M氏、データ持ち逃げしMプロ社立ち上げ→ http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=51


特に、この頃になると、かって営業を担っていた社長の弟S.y氏やS.k氏がS技研から独立していた。

会社分裂? 在日韓国人企業増殖→ http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=39
S.y商事 我道(詐欺道?)を行く→ http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=45

長年SE兼営業だったM氏も独立してしまって、ほとんど営業力が無くなっていた。

ソフトAで地位を固めたMプロは勢いに乗って、ソフトBの開発も開始した。

このソフトは、もともとは、他社(K社)が開発したものだが、

M氏がS技研在職中に、K社のソースを無断で持ち出し、

SP社に開発させ、更にその完成間近で、そのソースを無断で持ち出し、

自社開発に変更した、自社開発のソフトと主張した。

いわば2重の著作権法違反といういわく付のソフトである。


S技研、S.kテクノロジー、S.y商事→  http://boyakigoto.jugem.jp/?eid=42

S技研はこの件で、K社、SP社両方から訴訟を起こされ負けている。

この当時のS技研における責任者は部門長であるS.y氏で、その下でSEとして支えていたのが、このM氏である。

S技研のこのソフトもUnix用に開発されていた。


 
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