メモリが足りない! お客様大迷惑

  • 2013.07.17 Wednesday
  • 13:08
 当時メモリーは非常に高価だった。1M(メガ)1万円以上!100Mのメモリーを積もうとすると、メモリーだけで100万円以上!今なら、4G(ギガ)、8Gくらい、普通に積んでいます。価格も、8Gで6、600円!

http://kakaku.com/item/K0000320521/

S技研のソフトでは必要なメモリーは表示したいサイズ、色数に比例する。したがって、最初の仕様打ち合わせで、どれくらいのサイズで、何色を使うかをお客様と打ち合わせする。

お客様、「これくらいのサイズで、5色使いたい」、「あ、そうですか。それなら、メモリーが200万円かかります。その他のハード、ソフト開発を含めて、800万円かかります…」みたいな感じです。

ところが、計算途中で15色くらいの色を使う必要があることが、受注後判明。お客様としては、当然、「最終的に5色要る」ということであって、途中どんな計算するか、計算途中で何色いるか、そんなことはわからない。当然、競合他社の価格提示は、最終的に必要な色数で計算されるはず。

S技研の場合は、そのままのメモリー容量で、何くわぬ顔で納品したそうです。

メモリーが足りないと、ソフトは意図通りには動かない。いざ使おうとすると、そんなソフト(原因はハードの方ですが)使える訳がない。私の入社前のことだったし、入社後その担当ではなかったので、誰が責任者で、どういう風に対処したのか詳しくはわからない。

回り回って聞いた話では、「お客様の指定した色数でメモリーを実装したので、メーカーの責任ではない」とクレームに応じてくれなかったらしい。正常に使うためにはメモリーの追加が必要で、追加料金を請求されたらしい。お客様は、「それは話が違う」ということで、支払拒否、何年か(4年以上)にわたってクレームになっていました。その間お客様は商売に差し障って、大変な迷惑をおかけしたと思います。

納品後、何年も何年も、延々とクレームがあり、一向に解決されない。私がS技研に在社したのは約4年間ですが、入社前から、退社時までクレームが解決されることはなかった。(私の退社後、解決したのでしょうか?)

一時的に損をしても、お客様に満足していただければ、追加注文もあるかもしれないし、評判が上がって、回り回って他のお客様から受注があれば(バブルの余韻が残っていて、IT化に先を争って投資する時代だった)、【結局は得】と、私は思うのですが…

まして、何億円単位の使途不明金がでるくらい儲かっているときであれば、お客様のクレームに応じない理由なんて何ひとつないと思うんだけれど…

足りないのはメモリーではなく、S技研の知恵だった。

頼母子講 在日同士で資金集め

  • 2013.07.15 Monday
  • 16:40
「頼母子」と呼んでいいのかどうか…。無尽とか、韓国で契と呼ぶシステムとは違うとは思うが…

S技研の社長S.t氏は、ときどき、在日韓国人の集会に顔を出していた。ある日、海外からのお客さんを連れて行くから、その通訳として参加するよう命ぜられた。

会は、どっかの食べ物屋の別室かどこか(6畳くらいの和室)であった。食事とか、酒とかは出なかったように記憶している。

焼肉屋とか、自営業の在日韓国人が6、7人集まり、要するに、そこで、S技研に投資を勧誘するわけである。その道具立てとして、「外人」、「英語」、「通訳」が出品されたみたいなものかなぁ…。

こちらはスーツにネクタイだが、向こうは自営の仕事帰り(仕事中)のおっちゃんの集まりなので、作業服を着たおっちゃんたちにギラギラとした目で品定めされ、強く違和感を感じたのを覚えています。

そのお陰で、数百万の投資が決定したらしいが、S技研はその後倒産したので、そのおっちゃんたちのお金はどうなったのかなぁ。私の退職後のことなので、定かではない。

これはひどい著作権侵害

  • 2013.07.13 Saturday
  • 12:40
 S技研はソフトを販売していました。そのソフトは、在日北朝鮮系K社が開発したものです。開発を担当した人はAさん、やはり北朝鮮系なのか、韓国系なのか、それとも日本人かどうかは不明ですが人当たりのいい、穏やかな人でした。このソフト、1セット何十万円かのロイヤリティーを払ってS技研が販売(ソフトを提供されていて、メンテナンスができた)して、その業界ではそこそこ売れていました。でも、コンピュータが急速に進歩する時代ですので、もっとよいソフトを作れば、もっと売れるだろう。もっと儲かるだろう、とS技研は考えた。

そこでS技研は、もともとの開発者であるAさんが別のソフト開発会社(Sp社)に転職した機会に、Sp社と契約して改良版を作ることにした。K社からメンテナンス用にS技研に提供されていたソースがSp社に開示された。再び担当となったAさんは元のソースの多くをコピーして新しいソフトを作ろうとした。その一方で、S技研はK社との契約を一方的に解除。契約された1セット何十万円かのロイヤリティーを免れようとした。

ここまでは、よくある話なんですが…

S技研は、新しいソフトが開発されている途中で、またまたSp社との契約を一方的に解除、その開発途上のソースを持ってきて、自社で開発を続けた。担当は新入社員(途中入社だから、ソフトの経歴・実力は十分)のKさん。そのKさんが完成させたソフトをS技研は日本の国内外で販売した。もちろん、K社、Sp社に所定のロイヤリティーや作業料を支払わなかった。そのソフトがまたよく売れました。日本国内、弟のいる韓国、台湾、タイ、マレーシア、インドネシア、中国…。そのころは僕はS技研を退社していましたが、S技研は随分儲かったことでしょう。

この件で、K社、Sp社、両方から訴えられたのは言うまでもない。K社とS技研との訴訟は朝鮮戦争(北朝鮮VS南朝鮮)と僕は呼んでいました。そのころは僕は退社していたので、K社から僕のところにS技研の情報を探りによく来ていました。もっとも、僕はこの件にはほとんどかかわりが無かったので、あまり役に立たなかったと思います。

ここまで悪質な著作権侵害はあまりないのではないか…。もちろん、裁判で負けて、損害賠償させられます。

それを主導したのが、部門長であるS.y氏といわれている。もちろん会社でのことだから、社長であるS.t氏にに最大の責任がありますが…。

このS.y氏は、S技研退社独立後も、あちこちで訴訟をおこされます。仕入れてもお金を払わない、代理店には販売手数料を払わない、S技研の代理人と嘘をついて契約を取ってくる、ついにはS技研のホームページにまで「この人の言うことを信じないでください」と警告を張られる始末。これは後日の話です。

詐欺事件に巻き込まれる

  • 2013.07.11 Thursday
  • 12:42
 ある日海外から封書の手紙が舞い込みました。(その頃はメールも普及していない頃なので)

詳しい内容は忘れましたが、アフリカの国からです。大統領がクーデターで追放されたが、残された財産がある。私はその前大統領の一族で、その財産を持っている。反大統領派が国を抑えているので、普通の方法ではお金を持ち出せない。その国の友好国であるヨーロッパのある国に輸出した物品の支払という形でなら決済できる。ついては、S技研の機械を発注するので、その支払という形で何百万ドルを決済する。支払を受け取ったら、私がその国に出かけるので、そこで総額の70%を現金で返してくれ。残りの30%は手数料としてS技研に差し上げる。輸出した機械は、私には用がないから自由に処分してくれていい、というような感じの内容でした。

今時の「振り込め詐欺」みたいに、とっても怪しい内容なのですが、「ヨーロッパの第三国」「先方から先に支払があり、その70%を返還するだけ」「機械が売れる(30%もあれば機械代金としては十分)」「万が一の場合も、機械は自分の手の中にあるから、別に損はない」などと、すっかり信じ込んでしまいました。社長のS.t氏、経理部長のTk氏、都市銀行の出入りの担当者、みんなが「これは本物だ」「万が一の場合もリスクは無い」と判断して、話に乗ることになりました。

いよいよ、アフリカで契約締結という段取りとなり、僕と、上司のS.k氏と二人で、空港の検疫所まで黄熱病の予防接種に行きました(かの国に入国するには予防接種が必要)。ワクチン接種後、10日間待機する必要があります。その間に航空券の手配(ヨーロッパの第三国経由)、先方とのスケジュールの調整をしていました。

ある朝新聞を見ると

ある県の中小企業の社長が、儲け話に乗って、アフリカ行って、現地で監禁された。身代金として数千万円支払って開放された。

これだ!ということになり、もちろん、アフリカ行きは即刻中止となりました。お金や商品の流れにはリスクは発見できなかったんですが、本当のリスクはこれだったんですね!

で、

僕が万が一アフリカで監禁されたとして、S技研は、何千万の身代金を払ってくれたでしょうか?

大きな疑問です。

使途不明金 韓国に持ち帰った?

  • 2013.07.06 Saturday
  • 13:18
僕の入社当時は、会社の経営は順調でした。
バブルのピークは過ぎたとは言え、今まで手動でしかできなかった作業のコンピュータ化です。
どんどん、新しいお客さんができ、
営業しなくても、噂を聞きつけたお客さんの方から電話がかかってくることもよくありました。
右肩上がりの業績だった。

でも社屋も、とりわけ儲かっているという風でもないし、
従業員に還元されているという感じではなかった。

ある日税務署の監査が入ったら、お金が合わない。
売上、経費、などを計算すると数億円のお金が足りない。
まあ、お金が合わないこと自体は、社内の管理体制が営業に追いつかない新興企業にはありがちなんですが
数億円というお金が消えてなくなることは、普通はない。
まして、今や絶好調とは言え、年商数億円の会社です。その年商以上のお金が忽然と消えてしまうというのは尋常ではない。

社内では、「社長(S.t氏)が韓国に持って帰ったんだろう」という噂が飛び交っていました。

この秘密資金が、後々、苦境に陥ったS技研を数年間延命させることになったようです。

言葉が軽い 約束が守れない

  • 2013.07.02 Tuesday
  • 12:22
 S技研は、そのころようやく実用化されつつあったパソコンを使って、今まで手でおこなっていた作業を自動化しようというものです。発想はよかった、タイミングもよかった、時流に乗って、従業員30人ほどの会社に成長しました。

業界は、今では超斜陽産業です。でも、その当時はバブルの余韻もあって、また、今で言うIT化ということで、零細企業が多い中でも、時流に遅れまいとそこそこの設備投資があって、S技研もそこそこ潤っていました。一部上場企業も参入してきたり、逆に、ここからスタートして一部上場企業になったところもあったりで、草創期の競合社は賑やかな顔ぶれでした。

S技研で、私が疑問に思ったこと。それは品質とか納期がいい加減なこと。今までに無いものを産み出していく過程なので、思わぬハプニングが発生したり、なかなか予定通りにいかないことも、当然、多々あります。その辺を割り引いて考えても、私がそれまで在籍していた会社に比べて、「言葉が軽い」「約束が軽い」。

納期が迫ると、「未完成」「未テスト」の製品を出荷することがよくありました。当然、お客様のところで問題が発生する。そのたびに呼び出されて修理…、その繰り返しで、半年から1年後にようやくそれらしい製品に仕上がる、ということが結構多かった。ちゃんと仕上げてから納品すれば、修理に呼び出されることも無く効率的、もっと儲かったとおもうけれど…。第一、お客様との約束を守れないって、商売する資格が無いと、前の会社では教わったけどS技研の社風はその正反対。

納品した製品も、ミスとか結構多かった。お客様はそのおかげで、大量の不良品を生産したり、納期を守れなかったり、莫大に修理費用を負担しなければならなかったりと、お客様は大変な苦労をされたと思います。そうは言っても、一旦IT化したものは、昔の手作業には戻れないので、使い続けられます。

まあ、トータルで言えば、お客様の役に立っている?結果オーライ?だけど、なんか、ビジネスらしくないビジネスだなぁと常々考えさせられました。

通名 パスポートと名前が違う

  • 2013.06.28 Friday
  • 19:02
 さて、在日韓国人企業に勤務し始めて、最初は、普通に日本人の会社と思っていました。初めてちょっとおかしいのではないかと気が付いたのが、役員のSk氏が海外出張に出かけたとき。

海外の別の(出張先ではない)お客からファックス(当時はメールというものが普及していなかった。「パソ通」時代)でSk氏宛緊急の質問が入ってきた。上司であるSk氏に連絡しようと、滞在先のホテルに「ミスターS、プリーズ」と電話の取次ぎを依頼するも、「S?そんな名前の者は当ホテルには滞在していない」と断られてしまった。

後日帰国したSk氏にその話をしても、「ああ、そうですか」と取り合ってもらえない。???な気分でした。

あっそうか、通名か?海外のホテルでは、当然、本名(韓国名)の書いたパスポートで宿泊するわけで、日本名で電話しても繋いでもらえない、ということに気が付いたのは、まだ数ヵ月後という察しの悪い私でした。

それにしても、「私は韓国籍で、日本ではSと名乗っているが、本名はこういう名前です。今後海外のホテルに連絡を取るときは本名でお願いします。」と従業員に説明できないってどういうこと?また緊急のファックスが入ってきたらどうするの?今でも?です。(後でマネージャが話してくれたところによると、ある韓流スターと同姓らしいです。)

で、S技研は、在日韓国人のタウン誌みたいなもの(?)で従業員の募集広告とか出しているらしくて、面接者が訪ねてくることがときどきありました。そういうとき、彼ら同士では、「本名」で名乗りあっているのか、「通名」で名乗りあっていたのでしょうか?

会社にも、韓国名(日本風発音)を名乗っている事務員さんが一人いました。その子を訪ねてきた友人がいて、「あなたの通名は何ですか?」とか会話していたなぁ。私には異次元の世界でした。

新しい人生始まる S技研に入社

  • 2013.05.23 Thursday
  • 01:32
そんなこんなで、在日韓国人の経営する会社(S技研)に入社しました。

近所の焼肉屋で歓迎会をしてくれました。

最初に、登場人物を整理しましょう。

社長であるS.t氏(日本風の苗字S)
その弟であるS.y氏、部門長。
その弟であるS.k氏、役員
父親であるSf氏、相談役
社長の奥さんS女史、マネージャと呼ばれていた

その他、韓国籍の人、北朝鮮籍の人、帰化済みの人

日本人も半分くらいいたようです。

この頃は、社長を含めて、普通に日本人と僕は思っていたわけで…。というか、そういう人々が日本に大勢住んでいて、自分の日常でお付き合いすることになるという意識は全然無かったなぁ。

Sf氏は、どういう経緯で日本に来られたかはわかりませんが、戦前から日本に移住していたようです。戦後、開放された朝鮮に戻ったが、南朝鮮の混乱時、日本に密入国して、定住するようになったらしい。小規模ながら県や市の公共事業を請け負う事業をしていたらしい。

大邸あたりの出身らしい。弟が大邱と釜山に住んでいて、この方たちもS技研に絡んできます。

S技研はS.t氏が自身で創業したものです。S技研を創業した理由?S.t氏が折に触れて、口癖のように語るところによると、以前、他の会社で働いていたが、「ものすごいことを言われて」、その会社を辞め、自分で起業するようになったらしい。「ものすごいこと」の内容は語られることはなかったが、民族的な差別か何かでしょうか?

S.t氏はいっしょうけんめい何かを語ろうとするのですが、肝心のところが語られないので、何がいいたいのかさっぱりわからない…。これに限らず、何かに付けて、日本語でのコミュニケーション能力に問題があるのかな?不思議に、在日一世のSf氏の方が、日本語は流暢だったような気がするなぁ。

うっかり在日企業に入ってしまった!

  • 2013.05.11 Saturday
  • 18:47


僕は、在日韓国人が経営する会社に就職してしまったことがあります。今思えば、「?」「?」なことが多かったが、当時は、「そんなもんかなぁ」とあまり気にしなかったのですが、もう10年以上前のことだし、その時の事象を客観的に見ることができるようになってきたので、その時の体験を自分なりにまとめておこうと思います。

あ、僕は、一応、日本人です。何が日本人かというと、いろいろ議論もあるでしょうが、寺の過去帳などで見る限り、戦国時代まで遡れます。

あれは、バブル絶頂期はすでに過ぎたものの、まだ余韻も残る頃でした。まだまだ、日本製品は世界からもてはやされ、日本人自身も、自分たちの製品が世界一だと、不遜にも信じていた(僕だけ?)時代でした。韓国企業と言えば、「現代」くらいの名前は知っていたものの、「三星」なんてほとんど知られていなかった。韓国といえば、「後進国」、在日韓国人・在日朝鮮人といえば、過去の歴史的経緯(強制連行?)もあり、「仲良くしてあげなければ」「助けてあげなければ」ならない存在(僕だけ?)でした。

僕は人材紹介窓口で、S技研が人を募集していることを知りました。Sは、創業者の名前であり、普通に日本人の名前でした。何の躊躇もなく、S技研に応募しました。(S一族が在日韓国人であると知っていれば、応募しようなどとは思いもよらなかったでしょう。在日韓国人に対して特別反感を感じているということもなかったですが、何もわざわざそんな企業に就職する必要はないわけで…

後になって思えば、社長(S.t氏)の日本語がほんの少しおかしかった。でもおかしな日本語を喋る日本人は、僕を含めて、沢山いるわけで…、特別、何も感じなかったです。幸か不幸か、採用されて、在日韓国人、在日朝鮮人に囲まれた、僕の会社勤めが始まったのでした。

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